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劇団史

第十八回『富美男と武生』

2014.09.16 公開

最後には清も腹を立て「富美男に聞いて覚えろ」と席を立ってしまったこともあった。

座長となり東京公演も成功させた武生であったが、義務教育を終え福島から劇団に戻ったばかりの頃は他の役者達と同様に舞台の裏方の仕事から覚えていった。
下積みの期間を終えて舞台に立つことが許された。しかし幼少期に舞台に立っていたとはいえ九年間以上のブランクがある、役者としての勘を取り戻すのが大変であった。それまで教えるということを一切しなかった父の清が、口移しで狂言の台詞や所作を富美男と一緒に武生に教えても、鸚鵡返しのように富美男が清の言った台詞を言うのに対して、武生は何度も「もう一度言って下さい」と聞き返す有様であった。最後には清も腹を立て「富美男に聞いて覚えろ」と席を立ってしまったこともあった。

富美男はその頃まだ四、五歳である。そんな子供に教わらなければならない武生は情けない思いもあったに違いない、だが決して折れてしまうようなことはなかった。当時、天才子役と言われた富美男であったが、物心がつく前後から芝居が好きで芝居小屋にずっといるような子供である。その環境に影響されて自然と台詞などを覚えていったのであろう。
周りの大人達からちやほやされ我儘が通ってしまう当時の富美男は、下手な役者に悪態をついてしまうこともあった。武生に対してもまだ小さな子供故、容赦はなかった。歳の離れた弟に馬鹿にされるような態度をとられても武生はひたすら堪え「絶対にいい役者になってやる」と心に誓っていた。

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